有富 諒さん(4期・デザインチームリーダー)
「無意識」を設計し、熱狂を生む。理論を汗で実装した、デザインチームリーダーの執念とは

学生が主体となって企画・運営するキャリアイベント「LSCW(LinkedIn Student Career Week)」。この大規模プロジェクトを支えているのは、有志の学生団体「LSC(LinkedIn Student Club)」です。
今回、LSC4期生でデザインチームのリーダーを務めた有富 諒さんにインタビューを行いました。空間、ノベルティ、そして参加者の「体験」までを緻密に設計した彼が仕掛けた、「熱狂を生むためのデザイン」の正体に迫ります。
LinkedIn Student Club 4期生 デザインチームリーダー
芝浦工業大学 デザイン工学部 有富 諒さん

未熟さを感じたからこそ、深くコミットできる場所へ
――まず、LSCに参加したきっかけを教えてください。
3期生が開催した春のLSCWに、一人の参加者として足を運んだのが始まりです。そこで、自分の情報の少なさに強い危機感を抱きました。外資系企業のインターン募集が既に締め切られているような世界があることを知り、「今のままでは戦えない」と。
私はもともと「海外市場で戦える人になりたい」という思いを持っています。日本語を話す人は世界のわずか1.3%。縮小していく国内市場だけでなく、より広い市場で価値を出せるようになるための土台作りが必要だと感じたのが、参加の動機です。
――その中で、なぜリーダーという役割を引き受けたのですか。
参加するからには、学びを最大化したいと考えたからです。
LSCには「定例会」という運営の根幹に関わる会議があるのですが、そこに参加できるのは各チームのリーダーや副リーダーなどに限られていました。意思決定のプロセスやプロジェクトの全体像を把握するためには、その場にいる必要がある。
自分のコミットメントの質を担保するために、あえて責任のあるポジションに立候補しました。

――デザインという領域を選んだのは、やはり大学での専門性を活かすためだったのでしょうか。
実は、最初は企画などを行う部署を希望していました。企業の方と直接関わる機会が多いのではないかという仮説を持っていたからです。
ただ、デザインチームのリーダー枠が空いていたことや、大学でデザインを学んでいる自分が最も貢献できるのはここだろうと判断し、今の役割に落ち着きました。結果的には、デザインの枠に留まらず、個人で約150人の学生を集客するなど、プロジェクト全体に深く関わることになりました。
――その当事者意識はどこから来ているのですか。
「自分の役割を限定したくない」という思いがあります。
小学1年生から高校3年生まで12年間野球を続け、4つのチームでキャプテンや副キャプテンを任されてきましたが、強豪校ではないからこそ、練習メニューの改善や先生との交渉など、目的達成のために必要なことは何でもやる習慣がついていました。
デザインチームだから作って終わりではなく、イベントの成功こそが最優先事項です。だからこそ、母校を巻き込んで150人を集客することも、私にとってはデザイン業務と同じくらい重要な「目的達成のための手段」でした。

「組織文化」と「仕組み」で、クリエイティブの底を上げる
――リーダーとして組織運営で意識したことはありますか。
「誰に対しても素直にフィードバックができる環境」の構築です。
良いクリエイティブを生むには、上下関係による忖度を無くした、率直なフィードバック文化が不可欠です。
そのために、まずは「ニックネーム制」を導入し、相手の特徴を理解した上で名前を付け合うワークショップを実施して、心理的な壁を最初に取り払いました。
その上で、デザインを提出する前に必ずメンバー2人以上のレビューを受ける「チア会」というルールを作りました。制作を一人で完結させず、常に他者の視点を入れる。これにより、クオリティの底上げと、メンバー同士が助け合い、高め合う文化を「仕組み」として定着させました。
――そうした組織運営の知見は、どのようにして培われたのでしょうか。
浪人時代の習慣が大きいかもしれません。当時は毎月、心理学や組織論など特定のテーマを決め、予備校の行き帰りに本を読み漁っていました。
そこで得た「心理的安全性」などの概念に、野球部時代の「自分たちで考え、交渉し、チームを動かした」実体験が重なり、私の中のリーダー像を形作っています。
無意識に行動を誘発する「動態デザイン」の実装
――今回のイベント会場は「空港」という一貫した世界観が印象的でしたが、どのような意図で設計されたのですか。
就活を苦しいものではなく、キャリアが動き出すポジティブな「出発点」と捉え直してほしかったからです。
ここで活用したのが、大学の研究室で学んでいる「動態デザイン」という考え方です。これは、空間やプロダクトを通じて、人の行動を無意識かつ自然に誘発する設計のこと。
例えば、ハロウィンの時に「目玉を描いたゴミ袋」を配ると、人はゴミ拾いではなく「街にパンプキンを増やす」という遊び心で自発的にゴミを集めます。これと同じ構造を、イベントに組み込みました。

――デザインによって、人の行動をどう変えようとしたのでしょうか。
目指したのは「参加者が自らLinkedInで発信したくなる状態」を作ることでした。言葉で「投稿してください」とお願いするのではなく、巨大な文字パネルやフォトスポットなど、つい「誰かに自慢したくなる、撮りたくなるポイント」を会場に点在させました。
その結果、イベント後のタイムラインはLSCW関連の投稿で溢れました。
デザインの力で、企業の魅力が学生のネットワークへどんどん広がっていく。大学での学びを実装できたという点で、大きな手応えを感じました。
泥臭さと執念がクオリティを支える
――華やかなアウトプットの裏で、かなりの苦労もあったと伺っています。
常に予算と納期との戦いでした。予算や納期に制約がある中で巨大な文字パネルを実現するため、自ら電熱線カッターを握り、断熱材の板から手作業で文字を切り出しました。
下地を塗り、三層塗りして仕上げる。そんな泥臭い作業を毎週日曜日に10時間以上、メンバーとやり遂げました。


――他にも、大きなトラブルがあったそうですね。
東京イベントの1週間前、パンフレットの制作が止まっていることが判明しました。極めてタイトなスケジュールでしたが、即座にタスクを引き取り、斎藤健君とともにデータの再設計からやり直しました。
深夜に修正確認をしたり、納期を死守するために印刷業者さんなどとあらゆる交渉をしたりと、あらゆる手段を尽くしました。さらには大阪会場のデザインも1週間でゼロから作り直し、コスト削減のために自分たちで配送業者の選定から梱包までを行いました。
――なぜ、そこまでの困難を乗り越えられたのでしょうか。
「決まった予算と納期の中で、最善のものを届ける」という責任感だったと思います。自分がリーダーとして引き受けた以上、途中で投げ出す選択肢はありませんでした。野球部時代から、苦しい状況でも最後はやり切る、その姿勢だけは変わらず持っているつもりです。
ただ、それ以上に今回強く感じたのは、「自分一人では絶対にできなかった」ということです。チームには本当に優秀なメンバーが揃っていました。
例えば町田さんは、3期から積み上げてきた経験をもとに、常に一緒に考え続けてくれましたし、Reinaさんは急な修正にも関わらずポスター制作を驚くほどのスピードで形にしてくれました。渋谷さんは面白いアイデアを提案してくれ、さらに齋藤君は技術が圧倒的で、クオリティを最後の最後まで引き上げてくれる存在でした。
そうした仲間がいたからこそ、どれだけ困難な状況でも「このチームなら絶対にやり切れる」と信じることができた。責任感と、仲間への信頼。その両方があったからこそ、最後まで走り切れたのだと思います。

既存の採用チャネルにはなかった、「異能」と出会う場
――有富さんの視点から、企業がLSCWというイベントに出展したり、学生と関わったりすることには、どのような価値があると思われますか。
通常の採用チャネルでは出会えない「変わった才能」に出会えること。これに尽きると思います。LSCのメンバーは、自ら仕組みを作り、泥臭く行動し、どんな困難も突破して形にする学生ばかりです。
また、ブランディングの視点でも投資対効果は高いはずです。行動力のある学生たちが企業のブランドを「自分事」として捉え、自発的にSNSで熱狂を発信してくれる。
若年層へのリーチと生のリサーチを、これほど高い解像度で行える場は他にありません。私自身、約150万円の予算を預かり、コンセプト設計から実装、トラブル対応までを経験したことで、ビジネスを動かす責任の重さを知りました。
――最後に、有富さん自身の今後の展望について教えてください。
来週からデンマークへ半年間留学します。将来の具体的な進路はまだ決めていませんが、今回のプロジェクトで不測の事態を乗り越え、一つの形を作り上げた経験は大きな自信になりました。
今後も自分のキャパシティを広げ続け、どんな環境でも価値を出せる人間でありたいと思っています。